くすぶる陰謀3








くすぶる陰謀3







「ぐっ!」
ボキ!と骨の軋む鈍い音とともにツバキの一撃を食らった金髪男はその衝撃を受け止めきれず、飛ばされて民家の壁に全身を打ち付けた。
外壁に激突する音が鼓膜に、ズルズルと路地に崩れ落ちる金髪男の姿が目に入る。手加減したとは言え、まともに受けたのだ。
簡単には起きないだろう。手応えから、肋骨の二、三本は折れているはずだ。

「やるね、あんた。早い早い」
ノビてしまった連れの様子など気にも止め
ず、ツバキの一連の動きを絶賛する。
「だが、俺はそう簡単にはいかない、よ!」
最後の声に気合を入れて、茶髪男が真正面から走り込む。
己の腕に自信があるのか、彼の武器は拳。そう思った直後、拳を上げ高らかに叫んだ。
「サンダーボール」
掲げた腕を地面に叩きつけ、途端、青白い稲妻がツバキ目がけ、地を走る。

(魔術か)
バチバチバチッと雷を纏った球体が土を抉りながら飛び込んで来る。
その軌道を冷静に読み取り、タイミングよくジャンプしたツバキは、丁度、頭上にあった、アパート内から外に突き出てた鉄の棒を掴み、空に逃げる。

バシィッ!

標的を失った雷撃はそのまま後ろの壁に直撃し、ガラガラと外壁を破壊させ大人が屈んで通れるほどの大穴を開ける。
「威力は、まぁまぁだな」
トスッ、と着地して、術の感想を述べた。
「ちっ。ちょこまかと。逃げるのだけは上手いようだな」
 楽々と宙へと舞い上がったツバキに、茶髪男が言った。
「だが、そう何度も同じ手は……」
「フリーズ・アロー」
ツバキは男の言葉を無視し、呪文を唱え、放つ。

パキィィィン。

空気を震わす甲高い音とともに、男の足元からせり上がった氷が、あっという間に全身を氷漬ける。
「ぺちゃくちゃ喋る男は嫌いなんだ」
氷の中で、目と口を開けた表情のまま佇む男にツバキは言い放ち、何事もなかったかのように通り越す。
急を要してはいないが、チンピラ連中に使う無駄な時間はない。

「やはりゴミ溜めだな」
日を追うごとに、酷くなっていく。
格差や人間の強欲によって生まれたスラム街は、表舞台が華やかになればなるほど規模を広げ、成長し続けている。
少し間を開けてやって来ると、顔ぶれがずいぶんと変わる。
ツバキは迷路のように入り組んだ道を、進んで行く。
しばらくすると突如、狭い空間がひらけ、広場へと抜ける。
だが、ここはスラムの一角だ。
せめて雨風だけでも防げるように、と薄いシートでテントを張り、ねぐらを確保する連中の脇をすり抜ける。
いつくもの訝しげな視線さえ注がれたが、ここでは煩わされることもなく順調に足を運ばせる。

広場を横断し、再び狭い路地へと入り、しばらく歩き続けると、寂しい光景の中に派手な外壁の家が視界に飛び込んで来た。
いらっしゃいませ、と書かれている巨大な看板と、それを左右から支える二体の筋骨隆々な男の像が入口の前で向かい合い佇んでいる。
到底、歓迎しているとは思えないほど鬼のような凄まじい形相を刻ませている二体の像からは、圧力しか感じられない。
寂れた風景ばかりが続くスラムで、これはなかなか衝撃的な画だ。
ツバキは二体の像の間を潜り、その先にある建物の入口の前まで進む。ツバキは『商い中』とプレートが掲げられているドアのノブを回した。


ギィィ。


すっかり立て付けが悪くなり悲鳴を上げるドアを遠慮なく押し開ける。
中に入ると、店内は明かりひとつなく窓から差し込むライン状の光のみで辺りを照らし、ひどく暗い。
背の高い棚で埋め尽くされた店内。
所狭しと並べられた雑貨や書籍、緑色の得体の知れない液体が注ぐ小瓶、埃まみれのツボ、肖像画、皿、ポスター、ぬいぐるみ、ナイフ。
上げればキリがない商品の数々がジャンル問わず、これ以上の収納は望めないほど溢れている。
棚のわずかに残されたスペースに数体の人形が陳列され、通り過ぎるツバキへと不気味な微笑みを投げかけて来る。
棚に納まりきれなかった品が、床に置かれたダンボール箱の中に、あまり扱いがいいとは言えない状態で詰
め込まれている。


「増えてるな……」
天井からぶら下がる暖簾のような布を払いながら店の状況を見たツバキは言った。
足許には陶器で出来た動物の大きな目が、ツバキを見上げている。
果たして、ここの経営はうまくいっているのだろうか。
いや、スラムという最悪の立地条件を選ぶあたり、商売が目的ではないだろう。

「文句があるなら、来んでもいいぞ?」
立ち尽くすツバキの耳にシワ枯れた声が届き、ぬぼぅ、と暗闇の中から浮き出た皺だらけの顔が現れた。
下から光に照らされたぐしゃりとした顔がにんまりと歪められ、両目が弓のように曲げられる。
ようやく暗闇に慣れてきたツバキは突然、気配を現せた老人に、内心で舌を打つ。
店の一番奥、一段高い場所で座布団の上に座っている老人。

ここスラムで、彼を知らない人間はおそらく存在しないだろ。
かなりの知名度を誇っていながら、本名を決して漏らさず素性を掴ませない、正体不明の老人。
分かっているのは、かなりの事情通、ということだけだ。

彼の背後には擦りガラスの引き戸があり、その向こうが住居スペースになっているらしい。
スラムにも関わらず異常と言えるほど物やガラクタで溢れている店だが、こんな場所でまともに商売など成り立つはずがな。
彼の収入源は間違いなく『情報』だろう。

老いて真っ白になった髪と、顎を覆う立派な髭。
背中を丸めちょこんと座る老人の背丈は立ったとしてもツバキの胸辺りしかない。
小柄で痩せ型。
どこにでもいる老人のように見えるが、こちらをとらえる目には曇りひとつなく、老いぼれて見え、実はその身のこなしからは一切の隙が窺えない。
一目で、一般人ではないと分かる。
「ついにボケたか?俺を呼んだのはそっちだろう」
雑貨で足をとられないように注意を払い、呆れながら店主に近付いて、手前にある椅子に躊躇わず腰かけた。


















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