王の憂鬱 王の優喜2






王の憂鬱 王の優喜2





「姫」
「……姫言うな」
驚かせないようにそっと呼びかけたカイキは、しかしながら黒髪の少女はかけられた言葉が気に食わなかったらしく、こちらへと顔を向けることもなく不機嫌な声だけでそう返してきた。
「もういらしてたんですね」
約束していた時間には、まだ一時間ほど余裕がある。
「おう。家には小姑みたいにうるさい奴がいるからね」
「なるほど」
カイキは苦笑しながら、その少女、雪乃へと近付いていく。
すると、彼女が使っているカップがふと目に入った。
白を基調とし、小さな宝石がふんだんに散りばめられた天使の絵柄が踊るカップ。
取っ手は天使の羽をイメージしたデザインとなり、それは美しいティーカップだった。
(あ、これは……)
久しぶりに目にしたそのティーセットに、懐かしいなぁ、などとぼんやり思った瞬間、背後から一つの気配が動いた。


「そ、そそそそのカップは!」
優雅に紅茶を飲む雪乃の姿に、ゴードンは驚愕の表情を浮かべ、悲鳴を上げた。
「そのティーセットは、我が王家に代々伝わる貴重なものだぞっ。貴様、何故それを使っておる!」
慌てて雪乃の傍へと寄り、バン、とテーブルを叩き、ゴードンが喚いた。
「何故って、近くにこれがあったから、ラッキーってな感じで拝借したからに決まってるじゃない」
しれっと、雪乃は答えた。
が、むろん高価なティーセットがそこらへんに置いてあるわけもない。
彼女がわざわざしかるべき場所に納められているカップを拝借してきたのは、一目瞭然だ。
「おのれ、人間。我が城に入り浸るだけに飽き足らず、王家に伝わる品にまで無断で使用するなどまったく信じられん!」
「別にいいでしょ〜。減るもんでもなし。あたしに使われて、きっとカップもよろこんでるわよ」
「そんなわけあるか!」
一切の謝罪をしない雪乃に、ゴードンの怒りは益々膨張していく。
「ゴードン、そう怒るな。構わないだろ」
カイキは、宥めに入る。
ゴードンが怒る気持ちも分からないわけでもないが、カイキの心境としては、雪乃が城の中にあるものを無断で使おうが何ら問題はないのだ。
「ほら、見ろ!カイくん、わかってるぅ〜」
雪乃は、ぽん、と軽くカイキの腕を叩く。
しかし、その行動と言動がさらなるゴードンの怒りに火を点した。
「小娘、無礼にも程があるっ。今すぐにここから出て行け!本来ならば、貴様のような者が気安く入っていい場所ではないっ。我が主の目にかけられているからとはいえ、何だその馴れ馴れし態度はっ。図に乗るではない!」
顔を真っ赤に染めて、叫んだ。
こめかみにはうっすらと、青筋を浮かばせている。
「ふ〜ん。カイくん。あたし、無礼なんだって〜」
しかし雪乃は相変わらず冷静で……。
わざとらしくカップを持ち上げながら、カイキを呼んだ。

「……ゴードン。お前はもう下がれ」
カイキはため息交じりに手を振って、退室を命じる。
雪乃の挑発めいた口ぶりも大人気ないとは思うのだが、たとえそれがなかったとしても、ゴードンならば怒りを撒き散らしていたに違いなく、この場をおさめるためには一刻も早い退場が望ましい。
未だ人間に対する差別的な考えが払拭できていないのは不徳の致すところだが、主である自分が彼女に対し敬意を払い接しているのだから、その家臣である者が蔑ろにするなど本来ならばあってはならないことなのだが……。
彼はどうやらそれが『惚れた弱み』だと思っているらしいのだが、たったそれだけで一国の王が頭を下げるものか。
そこには、ちゃんとした理由がある。
しかしその理由を公言することを雪乃はよしとしておらず、故に彼女に対する厳しさはいつになっても変わらない。

「……っ畏まり、ました」
怒りを殺した、静かな答えだった。
けれど不承不承といった様子は拭え切れず、その表情には『命令』だから仕方がない、と書いてある。
失礼します、と頭を下げたゴードンは雪乃を睨み付けながら、下がって行った。
「すみません。家臣の教育がなっていなくて……」
カイキは忸怩たる思いで、謝罪する。
「今にはじまったことじゃないでしょ。ここの連中は、全員あたしのこと嫌いだろうし」
「あはは……。まさかさすがに全員とまではいかないと思いますが」
なんて笑いながらも、あながち間違いではないだろうな、とカイキは内心で思う。
そんな状況下でも、雪乃はこうして平然と城の中を我が物顔で闊歩しているのだから、その神経の図太さにはある意味感心せざる負えない。

「どうだかね。それより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「え?あ、はい。何でしょう……」
ふいに投げかけられた問いかけに、カイキは我にかえる。
特に怒った様子も見せず淡々と話題を変えた雪乃に、カイキはホッとする。
「水守ちゃんが遊びに来てたと思うんだけど、その時に何かしてた?」
「あ、ええっと……その、彼女なら昨夜遅くまで城内で遊び回っていましたが『飽きた』と言って未明には出て行きましたけど?」
雪乃の質問に、真実を口にすることを躊躇したカイキは、脳裏に『水守』の姿を思い浮かべながらやや湾曲させた表現で伝えた。
実際はそんな生易しいものではなく、遠慮を知らない無邪気な子どもほど、恐ろしいものはない。
あちこち荒らしながら好き放題はしゃぎ回る少女を、大人たちが必死に捕まえようとしていたのだが、本人は追いかけっこ感覚で大人を翻弄していた。
遊び飽き、帰った後の室内は、無残なものだった。
「そんなに遅くまで遊び回ってたの?」
「ええ。」
「あはは。それはそれは。あの子、母親に似て天真爛漫なのよねぇ〜」
カイキの苦労を察したのか、雪乃が笑う。
「天真爛漫、ですか……」
あれを『天真爛漫』だけで片付けないでほしいものである。
甘やかすのは教育上よくないのだが、嵐のような子どもを大人しくさせる特殊スキルを持つ強者は、悲しいことに城内にはいなかった。
「彼女と、まだ会っていないのですか?」
「うん。でも、一応会う予定だから、それまでは放っておいていいんだけどね」
「はぁ。そうなんですか……」
曖昧に、頷く。
時々、彼女の言っていることや考えていることがよくわからない。
自分と違い、彼女の中では様々な策略や葛藤が渦を巻き、うねっている。
それを凡人が理解することなど、不可能に近いことだ。

「う〜ん。今日もいい天気ね〜」
雪乃は伸びをして、椅子から立ち上がる。
カイキは何もせず、テラスの端へと移動する雪乃を、目で追う。
彼女は、手摺りに手をかけ眼下に広がる街並みを眺めはじめた。
ここからは、城を囲むように造られた街の一部が見える。
赤やオレンジ色の鮮やかな屋根が高さの異なるいびつな民家に統一性を持たせている。
大、小、様々な大きさを持つ道が細かく走り、メイン通りが城から国の外まで力強く続いている。
肉眼で確認することはできないが、南にある港には連日、他国からの船が物資を運ぶため数多く往来し、新鮮な海産物に恵まれているおかげで、この国の市場は活気に満ち溢れている。
中心部分には緑で生い茂る巨大な公園があり、祝日ともなれば、多くの家族連れで賑わっている。
「この国も、だいぶ大きくなったね」
前を向いたまま零される、雪乃の言葉。
「カイキは、この先この国をどうしたい?」
「……ユキは我々魔族と人間の間に、未だ軋轢が生じ小競り合いが続いていることを、ご存知ですよね?」
雪乃の質問には答えず逆に質問をぶつけてみると、彼女はおもむろに振りむいた。













































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