宵闇の攻防1







宵闇の攻防1






夜を照らす柔らかな提灯の明りは、一本の細い線に繋がってゆるいカーブを描きつつ高い位置から地上を見下ろしていた。
足を踏み入れた途端、出店から漂うかぐわしい匂いは、あっという間に様々な種類と混じり合い鼻孔に届き、食欲と購買意欲を刺激する。
多くの客を呼び込もうと汗を流しながら手を動かし働いている男女の威勢のいい声が飛び交い、釣られるように群がる客。
限られたスペースにひしめき合い並ぶ露店の前に、大勢の人間が行列を成して己の番を今か今かと待っている。

普段着の中にちらほらと交じる、浴衣姿の若者や家族連れ。
その光景は、否応なく夏の風情を感じさせる。
ほとんどの人が手には光を放つ玩具や食べ物が握られ、談笑しながらゆるりと流れる人の波を作り上げている。
奥に進む者と戻って来る者たちが左右できちんとわけられることもなく入り乱れているが、不思議と流れはスムーズだ。
熱気で盛り上がる会場は夏祭り一色で、空の闇を打ち消すほど活力に満ちていた。


「いいね〜。これぞ夏って感じ!」
祭り会場である神社の入口。
鳥居に手を付いて、横行する人ごみを観察している雪乃がその人口密度と喧噪に感嘆する。
ちらほらと帰路に着く者も出て来てはいるが、新たに加わる人数の方が多く、時間が経つにつれ混み合いは激しくなっている。
「姫、あまりはしゃぐと危ないですよ」
今にも人ごみの中へと飛び込んで行きそうなほど楽しげに笑う雪乃へと、カイキがそっと注意を送る。

「む。姫言うな。小学生じゃないんだから、保護者みたいにいちいち……」
「まぁ。夏祭りというのは、こんなに人がいっぱい集まるものなんですね!」
ムッとした様子で言い返す雪乃の声を、楽しそうな少女の声が遮った。
振り返ると、祭りの活気にキラキラと目を輝かせるアーシェミリアがいた。
その背後から、遠矢が息を切らして走り寄って来た。
「ゆ〜きぃ。何で勝手にアーシェミリアまで誘って、一緒に連れて来てんだよっ」
はぁはぁ、と呼吸を乱す遠矢が、不機嫌な顔で雪乃の肩に曲げた肘を乗せ体重をかけてくる。
突然と現れ、助けを求める彼女を無碍に扱い追い返したのは、たった数時間前の出来事だ。

その時の感情は未だ生々しく心に残り、にも関わらず何事もなかったかのように平然と祭りに誘う雪乃の軽薄とも取れる行動に、遠矢は非常に不満を示している。
「いいじゃない、せっかくの祭りなんだし。みんなで楽しもうよ」
遠矢の気まずさなどまったく解さずに、雪乃はけろりと言う。
「全然、楽しめそうにないんですけど……?」
「気の持ちようよ。あたしとデートできると思って、我慢我慢」
ずっしりと乗りかかってくる遠矢を受け止め、雪乃は笑みを浮かべる。
「…………はぁ。もうイイです。勝手にしろ」
遠矢は、がくっ、と項垂れて、すごすごと雪乃から離れていく。
「それにしても。この人ごみで、彼女は大丈夫でしょうか?」
カイキが、アーシェミリアを眺め、囁いた。


「さあね。一緒に来たとは言え、あたしは子守りなんてしないからね」
心配するカイキをよそに、雪乃は淡白な口調で彼女の面倒を放棄する。
「あの……。前々から気になっていたんですが、ユキは彼女のことがお嫌いなのですか?」
多少の躊躇を見せながらも、カイキが口を開いた。
「そーね。あたし、自分の立場や役目もわからず、感情一つで喋って動き回って周囲をかき回す奴、嫌いなのよね」
雪乃は、素直に答えた。

「彼女が、そうだと?」
「見てわかるでしょ」
「そうでしょうか?天真爛漫って感じはしますけど……」
カイキは、同意しかねる、と言いたげな様子で首を捻る。
「あんたって、とことんおめでたい奴ね」
雪乃の気持ちが、一歩引く。
「…………」
「俺は、仲良くされる方がヤだからそれでいいけど、確かに厳しい時はあるよな」
沈黙してしまったカイキに代わり、遠矢が口を開いた。
好き嫌いをハッキリ示す雪乃は、好ましく思っていない相手に対する接し方が割と冷たい。
平気で無関心となる。
しかしその一方で、一度信用し親しくなってしまえば、その相手にはとことん甘くなるという体質をも有している。
遠矢は、アーシェミリアに対してそれが発動してしまわないかどうか、とても危惧しているのだ。


「ねぇ、カズキさんカズキさん。わたくし、お祭りってよくわからないの。案内して下さいな!」
それまで神社の中を食い入るように眺めていたアーシェミリアが遠矢の元に駆け寄ると、弾けるような笑顔でその腕を掴んだ。
「えっ。ちょっと!」
唐突すぎるその行動に、遠矢はぎょっとする。
「さ!行きましょうっ!」
一人で動揺する遠矢をよそに、アーシェミリアはぐいぐい、と腕を引っ張り雪乃から遠ざけ、神社の方へと進む。
「いや、あの……ちょっと」
顔をほころばせ笑うアーシェミリアに、無理矢理腕を振りほどくわけにもいかず、遠矢はオロオロと情けない表情を浮かべた状態で成すがままに連れ去られて行く。



「何、あれ……」
「姫。堪えて堪えて」
ぴくり、とこめかみを揺らす雪乃のムッとした顔を見て、カイキがなだめに入る。
「別に。あんなの子どものじゃれ合いと同じよ。いちいち嫉妬するほど、あたしの心は狭くないわ」
「本当ですか?お願いしますよ?」
はん、と小馬鹿にした様子で言い放つ雪乃に、けれどどこか懐疑的な眼差しを注ぐカイキ。
「雪乃さんカイキさん、何をしていらっしゃるの?早く行きましょう!せっかくのお祭りが終わってしまいますわ」
遠矢の腕にしがみ付いたまま顔だけを雪乃たちに向け、アーシェミリアが誘う。
視線を巡らせた雪乃は、ばちっ、と遠矢と目を合わす。
彼は何ともバツの悪そうな表情を作り、何とかしろよ、と訴えかけてくる。
(ったく。情けないわね)
遠矢の不甲斐なさに、雪乃は仕方がないと肩を落とす。
昼間同様、知らんぷりで通してもいいのだが、そうなると祭りが終わるまで彼はずっとアーシェミリアに囚われかねない。
さすがにそれは、いただけなかった。




































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