それぞれの微雨5





それぞれの微雨5






「な、何なの……あの人」
眼前で繰り広げられる戦慄を、ソフィアは固唾を呑んで見守る。
生身の人間がたった一人で魔族と対峙し、刃を交えている。
閃く短剣は魔族の放つ術の速さを超え、確実にダメージを与えている。
また一人、また一人と魔族が倒れていくにつれ、鼻につく血の臭い。
尋常ではない侵入者の実力に、魔族たちの中で焦りと憤りが絡み合い、逃げる女と武器を手に参戦する男が入り乱れ、会場は騒然となっている。


(よし、今のうちに)
今、すべての注意はツバキに注がれている。
混乱に乗じ動くなら、今だ!
ユウキはツバキに向けていた意識を、己へと戻す。
これくらいの封印ならば、強行突破でいけるはずだ。
ユウキは後ろに下がり、鉄格子から距離を取る。

深呼吸を、ひとつ。

すぅ、と意識を己の中に集中し、ボールを作っていくように魔力を溜める。
しかし、檻に掛けられている魔封じの効果か、魔力を強く意識した途端、言いようのない重苦しさを感じ、コントロールの妨害が生じる。

だが。
そんなことで、ユウキの魔力は揺るぎはしない。

ユウキは溜めた力を一気に指先へと流し、素早く詠唱をはじめると、言い放つ!

「サンダーブレード!」
合わせた手の間から青光りする稲妻が出現し、刃の形を成す。
バチバチバチ、と鳴り響く雷の刃を強く握り、ユウキは一気に振り下ろす。
スパーン、と気持ちいいほど簡単に両断される、鉄格子。

「う、うそぉ……」
術の封印が施されているはずの鉄格子を、いとも容易く破壊され、あんぐり、とソフィアは呆ける。
驚きを隠せないでいる人達の視線を気にもとめず、ユウキは破壊された檻から外に出る。

『ブラッディ・レイン!』

複数の重なった声が耳に届き、顔を上げたユウキは、ツバキの頭上から降り注ぐ赤い雨を見た。
「ちっ!」
ツバキは舌打ちを一つして、針のように鋭い雨を短剣で弾きながら、間をすり抜けていく。
弾かれ、当たらなかった術はテーブルを貫き、床に突き刺さる。
「お前たち、何をもたもたしているっ。相手は一人だぞ!もういい、後は私がやるっ」
痺れを切らした男の怒号が響き、ユウキの意識がそちらへと向く。
ツバキの前に立ち塞がったのは、体格のよい魔族だった。
ツバキの標準がその男にぴたり、と合わされる。
先に動いたのは、ツバキ。
一気に間合いを詰める。
短剣を構え突撃してくるツバキに、男はテーブルクロスを引き抜き、それを投げ付ける。
視界を覆う白い布をツバキは両断するが、それが目くらましの行動だとは理解している。
「ファイヤーランスっ」
その奥で、男の放つ声が響き、裂かれたテーブルクロスの間をすり抜け、炎がツバキを襲う。
想定内の攻撃に、ツバキは難なく短剣でそれを叩き落としていく。
「お、おい……なんかヤバそうだぞ。今の内に逃げた方がいいんじゃないか?」
後ろから声がした。振り向けば、檻に掴まり立ちしている男がいた。
彼は、ツバキと魔族の戦いを、じっと眺めている。
「無茶よ。あんな中を逃げるなんて、危険すぎるわ」
ソフィアが、言った。
この部屋の入口は、ツバキたちの向こう側にある。
凄まじい殺気と術が飛び交う中を走り抜けるのは、かなり危険な行動だ。
よほど腕に自信がない限り、止めた方がいいだろう。

「何を言っているっ。ここにいて助かる保証なんてないだろ!だいたい、あの男だって味方かどうかもわからないんだっ。お、俺は行くぞ!」
ソフィアの忠告を無視し、男は走り出した。
檻の中でぐったり座っていたとは思えないほどしっかりとした足取りで、去っていく。
「待ってっ。本当に危ないよ!」
走り出した男の後ろ姿に、あわててユウキが声をかける。
「うるせー!俺は絶対にここから逃げ切ってやるんだよっ!」
がむしゃらに腕を振り、男が叫ぶ。
その声に反応したのは、ツバキだった。
ちらり、と男の姿を確認すると、瞬時に移動して己の背中で隠す。

(え?)
ユウキは、目を見開く。
ツバキのその行動が、とても不自然で……。
何かをする気だ、と直感的にそう思った。

「ウィンドアロー!」
魔族が叫び、勢いよく両腕を横へと薙ぐとそこから風を帯びた数十もの矢が放たれ、そのままツバキを狙う。
「ツバキくん!」
ユウキの悲鳴に、しかしツバキは短剣たった一本で野球のボールを打つように、次々と叩き返す。
だがそれは明確な方向へと投げられたものではなく、四方へと飛び散り、ユウキたちの方へも容赦なく降り注いだ。
「きゃあっ」
「うきゃ〜。何でこっちにぃぃぃ!」
飛んでくる鋭い矢の雨にソフィアは悲鳴を上げ頭を守るように身を屈め、ユウキは自分の方へと飛んでくる矢を避ける。
シュン、と空気の切り裂く音が聞こえた。
「ああああっ!」
「ぐっ」
「いやああっ!」
背後から、いくつもの悲鳴が覆い、ユウキは背筋を凍らせた。
まさか、と伏せたまま振り向いたユウキの目に飛び込んできたのは、腕や足を切られうずくまる人間たちの姿だった。
「ああっ。痛い痛い痛い!」
腕を切り裂かれた女性が傷口を抑え、悶える。
目に涙をため、襲い来る強烈な痛みに怯え、身体を震わせる。
「あ、ああ……ああっ……」
傷口から流れる血が、肌を伝い床に赤い散らばる。

(全滅させる気だ……)
人も、魔族も。
ここにいるすべての生命を、彼は絶とうとしている。
ユウキは、そう確信した。
おそらくツバキは、はじめからこれが目的だったのだ。
事件の詳細を調べるためではなく。
はじめから、すべての抹殺が目的。
もしかしたら、事件そのものを闇に葬るつもりなのかもしれない。
ユウキの背が、凍り付いた。


「混迷の大地に集いし破壊の帝王。いにしえよりあまねくその力――」
ツバキの詠唱が、冷涼に紡がれる。
それは殺伐とした空間の中で信じられないほど凛と響き、広がっていった。
「まさかその術は!」
紡がれる呪文から、術の正体を察知してユウキは驚いて声を上げる。
彼が発動しようとしている術は、精霊魔法。
それも、精霊の王の力を媒体とする高等魔法。
この会場で使えば、想像にできないほど莫大な被害が及ぶ。
それこそ、本当に全滅するかもしれない。
「ツバキくん、やめてっ!」
危険を顧みず立ち上がり、叫ぶ。
だが、むろん叫んだところでツバキの詠唱が止まることはない。
ピリピリと、術によって刺激された空気がツバキを守るように舞い上がり、渦を巻きはじめる。
ここにきて、魔族たちもツバキの操る魔力の密度に異様なものを感じたのか、動きを止めた。

「ツバキくん、殺しちゃだめっ」
ユウキはツバキの詠唱を中断させようと、腹の底から力を込めて、絶叫する。
「もう殺しちゃダメーーーーーーーーーーーッ!」
ユウキの拒絶の声は波のように周囲へと流れ込み、浸透する。
すると、まるでそれを合図にするかのように、会場の床をすべて覆うほどの巨大な魔法陣が出現した。
『!』
人と魔族、全員が突如として出現した陣に驚きを示す。
黄金の光を放つその陣は、複雑な模様、文字が並ぶ中に、時計の絵柄が記されていた。
目まぐるしく動く長針が短針と重なり、零時を示す。

カチリ。
ユウキの耳に、時の止まる音が、聞こえた。


















@@あとがき@@
取り敢えず、ユウキたちのお話しはこれにて一旦、終です。


























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