それぞれの微雨1





それぞれの微雨1






廊下で先輩のメイドから話しを聞いて、さらに二日が経過した。
地道にメイドとしての仕事をこなし、行方不明事件の調査も地道にこなしているのだが、未だに手がかりは何一つとして見つからないでいる。
相変わらず陰湿ないじめまがいなことは繰り返されているが、事件に繋がるようなものはなく、ユウキがメイドとなって以降行方不明者が出たという話しも聞かない。
いつまで、こんなことをしなければならないのだろう?



「やはり、ここを調べてみる必要がありそうだな……」
再び訪れたのは、例の不思議な『鍵』が広がるゲストルーム。
目の前には、複雑な模様や文字が絡み合う光が輝いている。
「うん。私も、ここには何かあるような気がする」
こくり、と頷く。
ユウキの言葉は勘からくるものでしかなかったが、それでもこの鍵が開かれた時、何かが見えてくるような気がするのだ。
「でも、改めて見てみると、これ本当に解除が難しそう、だよね……」
幾重にも交差する光の渦に、ユウキは困ったように首を傾げる。
ツバキは問題ない、と言ってはいたが、大丈夫なのだろうか、と不安になる。
「ふん。俺を誰だと思っている?お前は黙って見ていろ」
ツバキは言いながら口角を持ち上げ笑みを刻ませ、袖をまくる。
どうやら魔族の施した術が、彼の闘争心に火を付けたようだ。
眼光を走らせ『鍵穴』と対峙するツバキに、ユウキは邪魔にならないよう後ろに下がる。
ツバキが、静かに詠唱をはじめる。
「根源たる尊き精霊たちよ……」

ふわり、とツバキの周りに魔力が集まる。

(せ、精霊魔法!)

紡ぎ出される呪文の冒頭に、瞬時にその術を理解したユウキは、息を呑む。


――――精霊魔法――――


世界に息づき、世界を構成するに重要な力を持つとされている、精霊。
その儚くもあり巨大な力を操る精霊の力を借りた術は、かなりの高等魔法だ。
滅多に、お目にかかれるものではない。
ユウキは眼鏡のフレームを押さえ、目を細める。
彼の実力は知っていたつもりでいたけれど、精霊魔法まで操れるなど思いもしなかった。

「我を阻みし定義を解せっ」

ツバキが両手をかざした瞬間、ぽう、と淡い光が掌から放たれる。
それは『魔術』を無効にする術であった。
施錠の術を一つ一つ唱えるのではなく、術そのものを無効化したの。
しかしそれは、解除するよりもはるかに難易度がぐっと上がるものだ。

ツバキが放つ光を浴びた『鍵穴』は、次々と模様や文字を移動させ、パズルのピースが合わさっていくように正しい位置へと流れていく。
そして。

カチッ。

時計の針が合わさるような無機質な、解除を知らせる音を鳴らし、陣は空気の中に溶け消えた。
そして術が消滅したことにより、隠されていた、闇を纏った巨大な穴がユウキたちを出迎える。
「これは……」
ピリピリとした、空気の流れがあった。
別の空間へと繋がる、時空の通路。


「や、やったっー。ツバキくん、すごい!」
現れた穴を神妙な面持ちで見つめるツバキに、ユウキは目を輝かせ歓喜の声を上げる。
まさか、こんな簡単に鍵が開くとは思っても見なかった。
「さすがツバキくん。カッコイイよすぎ!」
スマートにこなすツバキの姿に、ユウキの心は高鳴る。
躍る心をそのままに駆け寄ろうとしたその時、

「そこまでだ」
無粋な声が、生まれた。
「ひぃっ!」
野太い声とともに、ユウキは背後から全身を羽交い締めに拘束される。
背中から生まれ声と自分に絡みつく他人の温もりに、ユウキは悲鳴を上げた。
キツネ目の、ひょろりとした中年の男、魔族が自分を捕らえていた。
「ただの子猿だと思っていたが、まさかそれを無効にするとはな。貴様ら、何者だ?」
地を這うような、警戒心を剥き出した声で言った。
ぞわり、と悪寒が走る。
迂闊だった。
『鍵』に気を取られ、迫る影に気付かなかった。
とんだ失態だ。ユウキは、怯えと縋りのこもった目をツバキに向ける。

「見てわからないのか?ただの人間だ」
冴え冴えとした、挑発的な目が魔族を睨んだ。
「卑しい下等生物め」
ツバキの返答に気分を害した魔族が、腕に力を加えユウキを締め上げる。
「ぅぐっ」
腹部を押さえ込まれ、ユウキは苦悶に呻く。
「その女を人質として考えているのなら、無意味だぞ」
苦しみもがくユウキを眺めたまま、ツバキは笑みすら浮かばせて言った。
「ほぉ。お前の仲間ではないのか」
魔族が問う。
「それの命など、興味はない」
「…………」
ゴミを屑カゴへと投げ捨てるように、ツバキは簡単に切り捨てた。
そのあまりの潔さに、ユウキは笑うしかない。
別に、わかっていることだ。

彼が自分という存在に興味のないことくらい。
しつこく通い続ける小娘を、鬱陶しく思っていることくらい。

「ダークミストッ」
つらつらと考えに沈んでいたユウキの耳に、術の発動を告げる声が、聞こえた。
驚いて顔を上げると、手をかざしたツバキの掌から黒い霧が四散して、一瞬で室内全体を黒に染める。
自分の姿すら確認できない濃い闇が充満した直後、ツバキの気配が溶け消えた。
「えっ。つ、ツバキくんっ?」
消えたツバキの所在を確かめようと、ユウキは呼ぶ。
「はっ。小賢しいマネを!」
気配をくらませ闇に潜んだツバキに対し、魔族は吐き捨て、殺気をたぎらせる。
全身から漲る殺意にあてられて、びくり、と戦慄におののくユウキは、閉ざされた視界の中で必死にツバキの気配を探す。
けれど、触れるのは空気の中に僅かに残るツバキの気配のみで、実体が掴めない。
これは、闇に紛れ攻撃を仕掛け易くするために放たれたものではない。
ほどなくして、放たれた闇が消えていく。
闇が晴れ、色を取り戻し一室に、すでにツバキの姿はなかった。
あるのは、ぽっかり口の開いた時空の歪みだけ。


(………………………………え?………………………………)

「女を捨てて、中に逃げたか」
「〜〜〜〜。ツバキくんのばかぁぁっ〜」
ちっと舌を打つ魔族の傍で、ユウキは涙を流した。





























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