それぞれの微雨2







それぞれの微雨2





その日。
マンションを守るようにぐるりと張られた柵に背を預け、遠矢は門の前に立っていた。
いわゆる高級住宅地と呼ばれているエリアの中でも、一際目立つ新築マンションの一室が、遠矢の自宅であった。
と言っても、いつもの気まぐれか、唐突に引っ越す、と宣言した雪乃のせいでここが自宅であると言えるのも、あと少しの間だけではあるのだが。
引越しの準備もまともに終えていない中、『カケラ』探しに繰り出されるのは正直かなり面倒臭い。
しかも、自分発信ではないのでなおさら気が乗らない。
(な〜にを考えてるんだか、こいつは)
腕を組み暇そうに立っている遠矢は、携帯電話を操作している雪乃を見る。
何故、いきなり『カケラ』探しを手伝うように言い出したのか、その真意がわからない。
確かに『カケラ』という存在が危険な物で放置は良くないとは思うけれど、だからと言って自分が駆り出される理由にはならないはずだ。
(あ〜あ。何でこんなことになったんだろ)
遠矢は、天を仰いだ。
真っ青な空と真っ白な雲が流れる中で、ギラギラと太陽が輝いている。

(……………。くそあちぃ)
頬に、汗が流れた。
季節は、夏。
そんな時期に日陰でもない場所で立っていれば汗だくとなるのは、当たり前だ。
マンションに引き返そうか、そう決断しようとしたその時、遠矢の目の前に、一台のタクシーが横付けされた。


「遅い。十五分の遅刻だっ」
車内から静かに降りて来たアーシェミリアを目にした途端、開口一番に文句が出た。
じりじりと肌を焼く直射日光は、容赦ないまでに体力と気力を奪っていく。
その炎天下で、十五分間も強烈な日差しを浴びさせられ続けていた遠矢は、かなり苛立っていた。
何度、したたる汗を拭いクーラーのきいている自宅に引き返そうかと思ったことか。
苛立たしげに佇む遠矢のその後ろで、日傘をさして花壇に腰かけている雪乃は暑さなど微塵も感じていないように、平然としている。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい。渋滞に巻き込まれてしまいまして、大遅刻ですわね」
アーシェミリアはすまなさそうに、謝罪する。
「………はぁ。もう、いいよ。それより、今日はタクシーで移動するんだな?」
思いのほかしゅんとするアーシェミリアにそれ以上責めることができず、遠矢は背後で大人しく待機を決め込むタクシーに視線を向ける。
「はい。お車の方が小回りききますし」
「あっそ。じゃ、さっさと行くぞ。早く終わらせたいからな……」
遠矢はげんなりしながらタクシーの元へ向かう。

「じゃ、遠矢くん頑張ってね〜」
のほほん、と背後で雪乃が言った。
ぴたり、と遠矢の動きが止まる。
ぎぎぎ、と首を巡らせて振り向けば、雪乃は花壇から動こうとはせず、ばいばい、と手を振っている。
「え。お前、来ないわけ?」
唖然と、呟く。
てっきり雪乃も同行するものとばかり思っていた遠矢は、唐突に突きつけられた二人きりでの『カケラ』探しという状況に、頬を引きつらせる。
彼女が傍にいるだけで居心地が悪いというのに、二人っきりなんて………。

さきほどとは違う、嫌な汗が流れる。


「いや〜実はこれからちょっと野暮用があるのですよ。だから今回あたしはパスで」
遠矢の動揺などお構いなしに、雪乃はあはは、と笑う。
「また出かけるつもりか。昨晩だって黙って出かけてただろ」
遠矢は、面白くなさそうに言った。
日付が変わる直前に、雪乃がこっそりマンションを抜け出し、何食わぬ顔で明け方に帰宅していたことを、遠矢は知っている。
「あれ?気付いてたの?」
「当たり前だろっ。俺に内緒でコソコソ何をやってんだ?」
意外そうな顔を向ける雪乃に、遠矢はムッと顔をしかめ問い質す。
自分の関わらないところで予定を組んでふらふらと出歩く雪乃に悪意はないだろうが、意図的に仲間外れにされているように感じてしまう。
「別に、コソコソなんてしてないよ。これからカイキのところとかその他諸々で色々と予定があるの」
「本人はまだベッドの中で熟睡中だぞ?」
遠矢は、マンションを見上げる。
今、話題に上がった人物は、ゲストルームのベッドで、すやすやと夢の中を旅行中だ。
「お偉いさんは忙しいのよ。うちにいる時くらい、ゆっくりさせときましょ」
雪乃は、肩をすくませる。 
カイキは三日、四日こちらに滞在する、と言っていた。
祭りに出かけたのが、一昨日。
昨日は昼頃に起きてきたかと思うとゆっくりと支度を整え、夕方までテレビを見たりゲームをしたりで遊んでいた。
たまに新聞や読書などしている姿も見られたが、日付も変わらぬうちに就寝。
すべての仕事から解放され自由を満喫しているのか、彼のこちらでの生活は普段とは比べられないほどとても不規則だった。

「お前がそんなんだから最近、調子にのって長居しすぎじゃねぇか?居座られても、知らねぇからな」
「別にそれはそれで問題ないよ。邪魔になったら、その時ポイすればいいことだしね」
右手でゴミを捨てるような動作をし、雪乃はさらりと言った。
カイキの滞在に対して寛容な姿勢を見せていると思いきや、追い出すことに対しても躊躇はない。
「何気にひで〜な」
思わず、呟いた。
本人が耳にしたら、さぞかしショックを受けるだろう。
ああ見えて、繊細な部分を多く持つ男なのだ。
「あたしは何気に忙しいの。あんたも早く行きなさい。こっちはイッちゃんがいるから」
用はない、とばかりにシッシ、と雪乃は手を振る。

「今日もイッサーはちゃっかり同行かよ……」
邪見に追い出そうとする雪乃に、遠矢は渋い顔をする。
雪乃の傍には、いつもイッサーがいる。
目に見えた特別扱いは今にはじまったことではないけれど、やはり釈然としない。
「……携帯の電源、入れとけよ」
遠矢は諦めとともに、言った。
グチグチ言ったところで雪乃が考えを変えるとは思えない。
ならばせめて、この前のように連絡手段が途絶え困ることのないように注意するしかない。
「わかってるって。アーシェ、うちのバカをよろしくね。好きにこき使っていいから」
雪乃は遠矢に返事をした後で、大人しく待機していたアーシェミリアの方へ笑顔を向けて、言った。
「あ、はい。こちらこそ……」
アーシェミリアはふいに名を呼ばれながらも素早く反応し、ぺこり、と頭を下げる。
「……バカは余計だっつの」
ぼそりと零しながら、遠矢は雪乃に背を向ける。
開かれたドアからタクシーの後部座席へと乗り込む。
隣に、アーシェミリアが座る。
「あ、あの、今日はよろしくお願いします。カズキさん」
どこかぎこちのない笑みを浮かべ、アーシェミリアが言った。
「あ……ああ。よろしく……」
それにつられるかのように、遠矢も違和感のある笑みを浮かべた。


























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