くすぶる陰謀2







くすぶる陰謀2







いくら国が発展しようとも、吹き溜まりの場所というものは、誰が望まなくとも必然的に発生するものである。
スラム街。まっとうな人間ならば、大よそ足を踏み入れない場所を、ツバキは歩いていた。
前へと進む度、足元から舞い上がってくる塵が鼻孔を刺激して、濁っている空気の中で拡散する。
横に三人、並んで歩くのがやっとほどの狭い路地裏。道の左右には、もうずいぶん前に廃屋と化したアパートが太陽の光りを遮るほど高く建ち並び、そのせいで非常に風の流れが悪く視界も狭い。

計画性のカケラもなく、手当たりしだいに建てられ、朽ちたアパートや民家の残骸は、空虚でいながら異様な存在感を放っている。
もとは白塗りの壁だったのだろうが、今ではすっかり薄汚れ、至るところに落書きが走り、人の手により破壊された跡すら残され、ひどい有様だ。
窓には硝子自体がないところも多く、微かに差し込む太陽の光を求め、伸ばされた棒に小汚い服や布が干され、廃墟になってなお、人々の生活が成り立っている実情を知る。
姿こそ見えないが、建物の中に人の気配もある。
その他にも路地の片隅、建物と建物との間に生まれた狭い空間に、社会を捨てた、あるいは捨てられた者たちがボロキレを纏い息を潜めている。
人形のように微動だにせず、死人のような虚ろな目を泳がせて、ここではないどこかを見据えている老人や、ウロウロと夢遊病者のように彷徨う若者。
壁を相手に独り言を繰り返す女性。時折、聞こえてくる嗤い声や泣き声は、正常ではない者たちが数多く集まるここではBGMのようなもの。
いちいち気にしていたら、先へは進めない。いつ来ても、ここは変わらない。
華やかで賑やかな表の街とは違った風景を見せる、もうひとつの街の顔。

相変わらず殺伐として殺風景。住人たちのほとんどがまともに生きることを放棄してしまっている連中ばかりで、血生臭い輩が蔓延っている。
日々、暴力が溢れている場所。強者だけが悠々とのし上がり、弱者は地を這う。
弱肉強食の世界は完全に社会から隔離され、治安という言葉が欠け落ちたスラム街は、それでも確かに人々の息衝いた生活がある。ツバキは濁った空気を不快そうに振り払いながら、溜め息を吐く。
乾いたスラムに停滞するチリや埃は、動くたびに舞い上がり、独特の臭いを放つ。
衣服はもちろんのこと、やや紫を帯びた黒髪にまで埃まみれになりそうだ。


目鼻立ちの通った逆三角形の整った顔立ちの中にある、ハニーブラウンの切れ長の瞳からは意思の強を宿した鋭い眼力が放たれている。
すらりと引き締まった身体には一切の隙がなく、悠々と淀みのない歩みを続けながら真っ直ぐ前を見つめているその立ち姿からは大人の色気と知的な雰囲気が立ち込めている。
服装は、黒を基調としたドクロの絵がプリントされているTシャツとパンツ。
首元には金のネックレスが輝いている。

「…………。」
無数の視線を感じる。
あからさまな警戒心と敵対心、探るような目が路地の間から、あるいは建物の中から注がれている。
ここでは、あまりにもツバキは異質だ。
どう見てもスラムに属する者には見えない、男。
綺麗な服に身を包み、こんな場所を平気で歩いているなど、襲って下さい、と誘っているも同然。
ガラの悪い連中が現れるのも、時間の問題だろう。

「雑魚が」
視界の端で蠢く影と狂喜を感じ、ツバキは吐き捨てた。
「よぉ、お兄さん。ここはあんたみたいなキレーな男が来るような場所じゃないぜ?」
それとも迷子かな、と笑いながら物陰から出て来る金髪の男。
その後から茶髪の男が現れる。歳は、ともに二十代後半くらいだろう。
スラムでは珍しくまともな服装、シャツとパンツ姿の二人組み。
最近、スラムにやって来た者たちだろうか。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かばせて、ツバキを上から下まで観察する。
ギラギラとした目だった。
獲物に飢え、狩りを定める四つの荒くれた獣の目が、値踏みをしている。全身に絡み付いてくる卑しい視線が、下品で鬱陶しい。
少し歩くだけでどこからともなく湧いて出て来る彼らは、光に集る蛾と同じだ。

構う必要なはい、と相手の力量を見抜いたツバキは黙ったまま立ち止まっていると、怯んだと勘違いしたのか、茶髪の男が喋りかけてきた。
「君、素人さんだろ?ここは危ない場所だから、あまり立ち寄らない方がいいよ?ほら、スラムってイカれた連中ばかりだからさ」
 歳が近いせいなのか、馴れ馴れしい口調でツバキに接する。
「身ぐるみ剥がされるだけならまだいいぜ?最近じゃ、危ない連中に売られる奴だっているらしいからな」
「あんたは運がいい。俺らは金目の物さえ手に入れば、それで満足なんだからさ」
 耳障りな声から紡がれる、浅学が滲み出たような口調の言葉は、ひどく勘に触る。
けれど、不快感を覚えるツバキなど知る由もなく、二人は距離をじりじりと詰めていく。
緊張感のない話し方や立ち姿こそ隙だらけだったが、男たちの双眸は欲にまみれていた。

二対一。
同性とはいえ痩せ型のツバキとガタイのいい男たち。
どちらが優勢かなど一目瞭然。その余裕が、彼らの態度を過剰に大きくさせているようだが、ツバキにとって彼らは進行方向に突然現れた障害物でしかなく、恐怖の対象になど映らない。
「どけ。邪魔だ」
ぺちゃくちゃと口の軽い男に声を発するのも億劫だったが、ここで足止めされるのはもっと我慢ならない。
「何だと?」
怯むどころか挑発するツバキの態度に金髪が眉を吊り上げた。
「発言には気を付けた方がいい。こいつは一度キレたら手が付けられないんだ。あんたのためにも、な」
茶髪の続く台詞すら、ツバキには戯言にしか聞こえない。
「徒党を組まなければ喧嘩も売れないのか。
自ら三流以下です、と認めてるようなものだな」
目を窄ませ、くくくっ、と嘲笑しながら言った。
「っだとっ。気取ってんじゃねぇぞ、この野郎ッ!」
 ぶちん、と金髪男がキレた。あちゃ〜と茶髪男が肩をすくめる。
「そのお綺麗な顔に傷を付けてやるよ!」
 懐からナイフを取り出して、重心を落とし構えると、金髪男はツバキ目がけ地を蹴った。
「いい気になるなっ!」
吠えながら、太陽の光を反射するナイフの先端を、ツバキへと向ける。
力に任せた、勢いだけの攻撃だ。腕を振り上げ迫る男に、けれどツバキは一歩もその場から離れず、フッ、と唇を三日月に歪ませて不敵に笑みを刻ませた。
遅い。遅すぎる。
肩をいからせ咆哮する男の姿は、まるでスローモーションの中で再生される映像のように見え、突進してくる金髪男の一撃を、ツバキは難なくかわす。 
「ちっ!」
ツバキと金髪男の視線が、一瞬交錯する。
狙いを失いバランスを崩した金髪男は、次の攻撃へ繋げるべくたたらを踏んで体勢を戻そうとしたが、その際出来たわずかな隙を、ツバキは見逃さなかった。
素早く身を捻り、回し蹴りを腹に叩き込んだ。



















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