うごめく闇の向こう側3



うごめく闇の向こう側3






「あら。何それ?どうしたの?」
野菜を切る手はそのままに、サクラが不思議そうな視線を注ぐ。
だがその質問には答えず、ツバキは無言で本を開く。
パラパラと長い指先でページを流し適当なところで止めると、ツバキは二人の目に入りやすいように前へと突き出す。
「なぁに?何が書いてあるの?」
興味津津と、ユウキは本を覗き込む。
そこには、若い人間のイラストと古代文字が並んでいた。


(これって……)
ユウキは、瞬時に黙読する。
古代文字で成り立っている文章は、何てことない横にイラストで描かれている人物の情報だった。
名前、年齢、身体的特徴。
いわゆるどこにでもある、プロフィールだ。

「ねぇ、ツバキくん。この本どうしたの?ここに書かれてる文字って、ずいぶん前に使われなくなったものだよね。でもその割に、本は新品みたいに綺麗……」
あらかた読み終え内容を把握したユウキは、そっと字をなぞりながら問うた。
古代文字が使われなくなり、すでに千年は経過している。
しかしこの本には一切の劣化はなく、どう見ても最近作られたものだ。
魔術を使い特殊に保管されている可能性もあるが、術の気配もない。
となると、これはわざわざ読みにくい古代文字を使い、人のプロフィール本を作ったことになる。
これは今回の事件と何かしらの関係があるのだろうが、現時点では分からない。

「あら、珍しい。古代の文字なんて今じゃ滅多に見れるものではないのに……。ツバキちゃん、それ読めるの?」
ちなみに私は読めないわよ、と付け足したサクラの問いかけに、
「問題ない、と言いたいところだが。なんせ、千年以上も前に滅んだ文字だからな……」
ツバキは、眉を寄せる。
どうやらさすがのツバキも古代文字までは読めないようだ。
しかし、読めたところで『事件』の真相に繋がる重大なヒントになるのかは謎である。
「あるルートから『事件』の手がかりになるだろうと入手したんだが、はっきり言って何を指しているのかさっぱりだ。城の連中との関連性もまだ見つかってはいない……」
「つまり、ツバキちゃんは城の魔族たちが人間を攫っていると読んでいるけれど、確固たる証拠が掴めていないのね。ユウキちゃんを呼んだ理由は?」

紡がれるサクラの言葉の中に、ふと出た自分の名前。
ユウキは、自然と姿勢を正す。

「ユウキ。メイドとして城に侵入し、俺の手伝いをしろ」
それは拒絶を許さない、強い口調だった。
「あたしに、囮になれってこと?」
ユウキは、肩を震わせた。『手伝い』という表現は聞こえがいいが、その裏に隠された真意に気が付かないほどバカではない。
標的にされているのが『人間の若者』という話しを聞かされた以上、自分が置かれる状況はもはや『囮役』としか考えられない。
「ああ、珍しく察しがいいな」
臆面もなく、ツバキは囮役としての利用を認める。
呼ばれた時点で何かあるのでは、と感じてはいたが、よもや『囮役』を命じられるとは。
いくら相手が募集という意思を示しているとはいえ、王城は保守的な概念が濃いために人間嫌いな魔族の巣窟だ。
言わば敵地に乗り込むようなもの。
初歩的な魔術しか扱えないユウキにとって危険極まりない。
滅多にないツバキからの要請に応えたいという気持ちはあるけれど、その半面で果たして自分に務まるのだろうか、という不安が芽生える。
ただでさえ、足手纏いとされているのだ。
「も、もしも魔族さんたちに探っていることがバレたら、どうなるの?」
恐る恐る、聞く。
「弱ければ、殺されるだけだ」
「…………」
わだかまる恐怖を助長させるような言葉を、ツバキは淡々と述べた。
しかしこれが、現実だ。
彼らにとって人間の命など、その程度のものとしか思っていない。
「だが、これは絶好のチャンスでもある。王城は人間がそう簡単に出入りできる場所ではない。今のうちにバカ共の懐に入り込んで、王の寝首を掻く機会を狙うには最適だ」
ニヤリ、とツバキは笑った。
「待って。いくら何でも、危険だよ」
無謀すぎる、とユウキは不安な目でツバキに訴えかける。
ツバキが内心で魔族を快く思っていないことは承知だが、喧嘩を売るには相手が悪すぎる。
しかも『王』に手を出そうなど。
もはや、狂気の沙汰だ。
「そんなことは百も承知だ。だが、俺たちを拒絶する腐りきった世界になど興味はない。俺の望みは、この世界のすべてを消し去り、新しい秩序を創ることだ。そのためならば、どんな犠牲も手段も厭わない」
ツバキの瞳から揺るぎない意志と覚悟が溢れ出し、いつものクールな彼を饒舌にさせた。

































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