宵闇の攻防6







宵闇の攻防6









(ゆきが、怪我……?)


息を切らし、心配した面持ちでもたらされたアーシェミリアの言葉に、しかし遠矢は、はて、と疑問を抱き首を傾げた。
雪乃は、華奢に見えてかなり頑丈だ。
倒れた木が原因で怪我を負うような、そんなヤワではないはずだが……。
かと言って、アーシェミリアの慌てようから嘘を言っているとも思えない。
「遠矢、何をしてるんだ。早く行くぞっ」
ぽん、と肩を叩かれ、急かされる。
どうやらカイキは、素直にアーシェミリアの言葉を信じているようだ。
「ん、ああ……そうだな」
考えていても、意味がない。
何か問題が発生しているには違いないのだ。
遠矢は、再び走り出した。
カズキさん、というアーシェミリアの声が聞こえるが、むろん無視だ。


後ろを付いてくるカイキの気配がじょじょに遠ざかって行くのを感じる。
居場所の分からないカイキを置いていくのはどうかとも思うが、彼の足に合わせるつもりはない。
転がっている枝や石、屋台の道具などをひょいひょいっと飛び越え、途中、出店の人に迷惑そうな視線を向けられているのを意識しながらも、祭りの中心から離れて行く。
やがて地面は掃除のされたものから手付かずものへと変化して、周囲の景色も木々が深くなる。
突き出た枝と葉を振り払い、神社の脇道とは言えぬ道を駆け抜ける。
手に持ったビニール袋がバサバサと激しく揺れ、走る遠矢の調子を乱すけれど、手放すわけにもいかない。
(よし、近いぞ)
本殿を通り越し、その奥に広がる林へと突っ込んだ遠矢だ瞬間に、雪乃の気配をぐっと近くに感じた。


「うがぁぁぁぁぁ!」 


そう遠くない距離から、男の雄叫びが轟いた。
「!」
ざわり、と胸騒ぎがした。
遠矢はさらに加速させ、声のした方へと急ぐ。
やがて遠矢は開けた場所に辿り着く。
そして、見た。
雪乃に襲いかかる男。
そしてその男の持つナイフが振り下ろされ、咄嗟に腕を出し庇う雪乃の姿を。
ナイフが流れ、肌を切り裂き、舞う鮮血。

夕闇の中で、それは恐ろしく鮮明で……。
腕を切られた雪乃を目撃した途端、瞳孔が開き、頭に血がカッとのぼった。
目の前が怒りで真っ赤に染まり、全身が沸騰する。
「何してんだ、てめぇ!」
感情の赴くままに男の襟を乱暴に掴み雪乃から引き離すと、顔面を殴り飛ばした。
拳が顔にめり込んで、人を殴った鈍い衝撃が皮膚と骨に走る。
「がはっ!」
殴られた男の口から白い歯が数本抜け落ちて、そのまま地面に倒れ込む。
遠矢からの打撃を受けて、男は気絶する。

「お〜。お見事!」
ぴくりとも動かず地面の上でだらしなくのびた男に、ぱちぱちぱち、と手を叩く音と呑気な雪乃の声が生まれた。
遠矢が、ハッと我に返る。
「おい、大丈夫かっ。何だ、あの男は」
遠矢は、急いで雪乃の血が滴る腕を取る。
傷自体はそう深くはなさそうだが、赤い線が白い肌を裂き、痛々しい。
「へーき。よくいる酔っぱらいに絡まれただけだから」
雪乃は伝う血を手で拭い、その赤い指先をぺろりと舐める。
「そ、そうか」
意外とケロリとしている雪乃にホッと安堵したところで、ようやく銀糸の青年がいることに気が付いた。
「……イッサー、お前」
いたのか。
久しぶりに見る彼の姿に驚く遠矢だったが、すぐに真顔に戻る。
「お前、見てたのか?」
遠矢は怪しむようにイッサーへ問うた。
彼が雪乃に危害を加えようとする者を、みすみす見逃すなど考えられない。
「あたしがそう命じたからよ。遠矢くんが近くに来ているのわかっていたからね」
イッサーを庇うように、雪乃がうそぶいた。
「わざと切られたってのか!」
「そうだよ〜」
「!」
間延びした声ですんなり認めた雪乃に、遠矢は絶句する。
うっすらと笑みすらをも浮かばせた雪乃は当惑する遠矢を残し、仰向けに倒れている男へと近付いて、しゃがみ込む。
何をするのか、とさらに混乱する遠矢の目の前で、雪乃はぺたぺたと男の身体をさぐる。
「お、みーっけ。遠矢く〜ん、いいもの見せてあげる!」
振り向きざまにそう言って差し出された雪乃の手には、見覚えのある結晶が一つ。
「それは……まさか『カケラ』?」
呟きながら手を伸ばし『カケラ』に触れようとする遠矢を、しかし雪乃は腕を引きそれを阻止する。
「何だよ……」
「言われたでしょ。無闇に触ると危ないかも、って」
「ああ、そう言えば」
遠矢は、アーシェミリアの言っていたことを思い出す。
人格を乱し、凶暴化する可能性があるとか、ないとか。
ナイフを振り回し襲ってきた男が、いい例だろう。
(というか、やっぱこいつは触っても問題ないんだな……)
遠矢は、平然と『カケラ』を宙に投げてはキャッチを繰り返す雪乃を見る。
アーシェミリアが危険だから聖水で何とかかんとか、と言っていたはずだが……。

「そー言えば。お前、足を怪我したって聞いたんだけど、大丈夫なのか?」
遠矢は、雪乃の足を見る。
男のことですっかり忘れていたが、そもそも自分がここに走って来たのは、雪乃が怪我を負ったと聞いたからだ。
スっと立っている姿はいつもと同じで、怪我をしているようにも痛みを感じているようにも見えない。
「ああ、大丈夫。あれ、嘘だから」
心配する遠矢をよそに、けろり、と言った。
「やっぱ嘘か!」
どうせそんなことだろうと、思ったよ!
「アーシェに、ちょっと席を外してほしかったからさ」
「『カケラ』のことでか?」
「そ。『カケラ』を取ってるところを見られたくなかったからね」
「確かに。『カケラ』を素手で触ってるところなんて見られちゃマズイよな……」
ただでさえ、自分といることで目を付けられているのだ。
怪しい動きをして興味を持たれたら、やっかいだ。
……もう遅い気もするが。

「ところでさ〜。遠矢くん、これからどうするの?」
「どうするって、何が?」
その内容の意味がわからず、遠矢は聞き返す。
「このあたしが『カケラ』のせいで軽傷とは言え、怪我したのよ?遠矢くんは黙って見過ごすつもり?」
「!」
ふふふ、と挑戦的な笑みを刻ませる雪乃に、遠矢は息を呑みすべてを悟る。
くらり、と眩暈を覚え、思わず目元を押さえる。
まさかこんな手法を取ってくるとは――――。

「お前……。性格悪すぎだろ!」
悔しそうに雪乃を睨む。
「何を今更」
「どうせ『カケラ』捜しだって、単なるお前の気まぐれだろ。それに振り回される俺の身にもなれよっ」
「それが、逃れられないあんたの宿命よ。諦めな」
「んぐぐぐっ!」
遠矢は奥歯を噛み締め唸る。
面白くない。
バカげた演出と、それにより決められていく未来が、ひじょ〜に面白くない。
けれど、自分にできる最大限の抵抗を試みたところで、雪乃相手では、何の効果も成さないのだ。

「雪。もう行く」
それまで沈黙を守っていたイッサーが声を発し、別れを告げる。
え? と雪乃が反応するよりも早く、イッサーはそのまま後ろへ跳躍する。
雪乃が振り返る頃には彼の身体はふわり、と宙に舞、あっという間に闇の中へと同化して溶け消えた。
「あ〜あ。何も消えなくても……」
どこか残念そうな雪乃の声。
彼女としてみれば、このまま一緒に祭りを見て回りたかったのだろう。
「ともあれ、用も終わったことだし……」
戻ろう、そう続けようとした瞬間、

「雪っ」
「ご無事ですか!」
息を切らし草むらからカイキとアーシェミリアが叫びながら飛び込んで来た。

あ、忘れていた。
こいつらも追って来ていたんだった。

「姫、足をくじいたって大丈夫で……何です、その腕の傷は」
心配そうな表情で早々に足の様子を問うてきたカイキだったが、目ざとく雪乃の腕に残る傷に気が付いて、眉根をひそめた。
「あそこに倒れている男に、いきなり切られた。てか、姫じゃないから」
言いながら雪乃が犯人を指し示すと、カイキは首を動かして気絶している男をじっと見つめる。
「コラ。そんな怖い顔で睨まないの」
眉間に皺を刻み無言で睨みつけるカイキは何かをしようとする勢いすら感じさせ、雪乃は呆れながら肘でつつく。
「あ、すみません。つい……」
カイキが、バツの悪そうに頬をかく。
「いきなり襲って来るだたんて……。彼は、一体何者なのです?」
アーシェミリアが、見知らぬ男へと不安と恐怖の入り混じった視線を向ける。
いきなりナイフを片手に襲いかかって来る男など、正気の沙汰とは思えない。
「さあ。単なる酔っ払いなんかじゃないの?」
どうでもよさそうに、雪乃は言った。
「………酔っ払い、ねぇ」
遠矢は、口の中で小さく呟いた。
納得いかない。
カイキもアーシェミリアも気づいていないようだが、遠矢には雪乃がすべてを話しているようには見えなかった。
汚い演出といい、何か大事なことを隠しているような気がしてならない。
しかし、これ以上追及したところで素直に口を割るとは思えない。
「そんな酔っ払いが、こんな物は持ってたみたいよ。はい、アーシェ」
雪乃は、固く閉じていた掌を解放させた。
「う、うそ……」
開かれた右手に転がる『カケラ』を目に映し、アーシェミリアは信じられないと凝視する。
だがすぐに我に返り、奪うように雪乃の手から『カケラ』を取り上げた。
彼女にしては珍しい荒い動きに、三人は目を白黒させる。

「害があるかもしれないのですよっ。安易に触れてはいけませんっ!」
「そ、そう?ごめんね……」
あまりの剣幕に、雪乃は反射的に謝る。
「あ、いえ。わたくしの方こそ、大声を出してしまってすみません。……あの、雪乃さん。足の具合はどうなのです?もう立って平気なのですか?」
『カケラ』を小瓶の中に落としながら、負傷した足の様子を問う。
「え、足?…ああっ、少し休んだら大丈夫みたい。もう一人で歩けるよ。心配してくれてありがとう。それより、ちょっと大事な話しがあるんだけど」
「大事な話し、ですか?」
「そう。ねぇ、遠矢く〜ん?」
怪我の様子を尋ねるアーシェミリアに、これ以上話しを続けては嘘がバレないとも限らない。
雪乃は素早く話題を変え、遠矢へと話しを振る。
「えっ、あ?いやでも……」
突然名を呼ばれ、遠矢の中に動揺が走る。
『カケラ』探しに参加することを伝えなければならない。
だが………。
「何でしょう?」
アーシェミリアの瞳に、遠矢が映る。
「えっと、だな……」
真摯な瞳に見つめられ、遠矢は言い淀む。
強制的に『カケラ』へと関わるとになったが、いざそれを伝えるとなると、言葉が喉元につっかえてなかなか出てこない。
「あの……カズキさん?」
「あ〜何と言うか……。その、一度断っておきながら言うのも何だけど……。やっぱ『カケラ』探し、手伝ってやるよ」
絞り出すように、遠矢は言った。








  

@@あとがき@@
雪乃の策略(?)で遠矢くんの『カケラ』探しがスタートしました。
6章はこれで終わりです。
ここまで読んで下さってありがとうございました〜。



















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